事故に遭ったら、まずは何をしなければいけないか。

今すぐにパッと回答できますか?

私は、できません。苦笑

今回から、管理人である私の実際の事故体験記を綴ってみたいと思います。

【事故に遭ったら必ずするべきこと】

  • 事故のその場ですぐに通報
  • 異常を感じた場合は必ず病院に行く&MRIを含めしっかりと検査する(出来れば、何もないと思っても受診だけでもしておいた方がよいです)
  • 入院となった時、自己判断で退院しないこと
  • 様子がおかしければ、病院には行くこと
  • 何もなくとも検査として定期的には病院に行くこと(笑)

まず事故にあって、すぐの時多くの人がショックを受けていますし、日常生活では味合うことのない興奮状態に落ちいっていることがほとんどです。

こうした時には身体の異常に気づくことが遅れることもあります。

なにより、後から異常が出て病院に行った場合、保険金請求時には必ず、その身体の異状と事故の因果関係の証明を求められます。この証明は被害者がしなければならないのです。

これからは恥ずかしながら、私自身の実体験を基にお話させていただきます!

ある日、夕食のためにひじき煮の準備をしていると揚げが無いことに気づいてしまいました。。。

前回、ひじき煮に揚げが無いことでチクチク文句を言われたことが頭をよぎりすぐ近くのスーパーへ買い出しに行くことにしました。

長年の愛車(原付)で目的のスーパーの目の前について、対向車が過ぎ行くのを待っていた所、急に後ろからドンっとかなりの衝撃が・・・

なんと、私は原付で停止中に追突されてしまったのです。

腰がくだけたかと思う痛みに襲われ、道路に横たわる私と夕食の買い出し時間で多くの方がまわりに集まっているのはわかりました。実は2年前にも事故の被害にあっていた私。。

正直ショックが大きすぎて、痛くて泣いていました。

後日、目撃証言からすると私は空を舞い、原付は5メートル先程へ押し飛ばされたそうです。幸い、ヘルメットをしていたので、首はむち打ちで済みました。(やはり交通ルールは守るものですね!)

緊急搬送された病院ではレントゲンを取られたり、反応を見られたりしていたと思います。痛みで記憶がはっきりしていなかったのですが、これだけは鮮明に覚えています!

医師の診察時に少し意識があり、力弱くとも一応は立つことが出来た強靭な精神力を持つ私。(これまでの人生で鍛えてきました・笑)
その私に向かって、医師はこう言ったのです。

「立てますね、帰りますか?入院しますか?」

えっ?と思いました。「入院しなさい」ではなく「帰りますか?入院しますか?」??

なるほど、これはそんなに重い症例ではないのかと一瞬帰るかと思いました。

それでも、立つのがやっとで歩くには痛みが酷すぎたのです。

「入院させてください。歩けません」とお願いしました。病院内でも担架で運ばれている私に帰るという選択肢はありませんでした。

最初の2日程は医師や看護婦から話を聞いて、寝たきりな状態。

痛みもあるし、事故にあったのが悔しくてかなり落ち込んでいました。それでも私は家を切り盛りする唯一の担い手だったのです。

実家には病気で療養中の父1人。

誰が、食事を作るのか、誰が洗濯するのか・・・「早く帰らなきゃ」そういう強迫めいた思いにかられていました。

2日目の夜には、私は家に帰ろうと思いました。現代の病院では入院は儲からないため、すぐに患者を退院させたがります。

父のことでそれを知っていた私は3日目に医師に退院しますと伝えました。

そう、これが大きな間違いの第一歩です。

その病院は「いいんですか?」と一度は確認してくれましたが、どのような可能性が起きるか教えてはくれませんでした。

人気のある病院なので病床も常に満席の状態です。

そのため、すぐに帰る手続きをしてくれました。その時の私はどんな状態かと言うと、足腰は痛むもののなんとか歩ける状態、全身痛いけどそれは仕方ないし、寝ているだけなら家で寝ていても同じだと思ったのです。

帰宅後、痛い身体をひきずりながら初日は辛くない程度に家のことをして安静にすると思って寝ていました。

すると、2日目に異変が起きたのです。酷い吐き気と頭痛、身体が痛い上にそのような状態になってしまい、気持ちが悪くてしかたありませんでした。なんとか診察のためにタクシーを呼んで病院に行き、診察してもらうとむち打ちの症状の一つという説明をされ、治療という治療はないから安静にしていてくださいと言うのです。

もう一度入院させてほしいと言いましたが、断られました。

そこからは辛い状況を耐えに耐え、結局家のことはほとんど出来ないまま、父には介護施設をフル活用してもらいやり過ごしたのです。

(つづく…)

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